マイカート
ドイツで心が折れた日の話。
それでも日本製にこだわる理由
ウレタン王子がドイツの世界最大級寝具展示会に行き、中国製マットレスの衝撃的な仕入れ値を目の前にした日のこと。日本の製造業の現実と、それでも国産にこだわる理由を正直に書きました。
ドイツまで行く羽目になった理由
ウレタンのメーカーをやっていると、あるとき急に怖くなる瞬間がある。
自分が作っているものが、本当に世界で通用するのか。日本の工場で、日本のコストで作り続けることに意味があるのか。その答えを自分の目で確かめたくて、ドイツまで行くことにした。
場所はケルン。ドイツ西部の都市で、毎年1月に「ケルンメッセ」という世界最大級の家具・寝具の展示会が開かれる。出展社数は数千社、来場者は世界中から集まる。寝具・家具業界にいるなら一度は見ておかなければいけない、そういう場所だ。
ぼくが経営する出口化成は、創業50年超のウレタン加工メーカーだ。ミネルヴァスリープというブランドを立ち上げてからも、製造は全部自社でやっている。原料の調達から、発泡、裁断、穿孔加工、縫製、検品まで——すべて国内の自社工場で完結させている。
だからこそ、世界の製造現場を見ておく必要があると思っていた。競合は日本にいるだけじゃない。世界中にいる。その現実を、ドイツで思い知らされることになった。
6割が中国企業だった
ケルンメッセの会場に入った瞬間、違和感があった。
聞こえてくる言葉が、ドイツ語じゃない。周りのブースを見回すと、中国語の看板、中国語のスタッフ、中国語の商談。出展企業の6〜7割が、中国系だった。
ドイツの展示会に、ドイツの企業がいない。
最初は冗談みたいだと思った。でも、これには理由がある。中国政府や地域の組合が展示会出展に補助金を出している。「お前ら行ってこい」という形で、国ぐるみで世界市場に攻め込んでいる。そのコストを補助金で賄えるから、出展できる。
しかも中国の企業は、ケルンに集まることでお互いの情報交換もする。展示会が、中国企業同士のビジネスコミュニティになっているわけだ。
さらに驚いたのが、「欧州のブランド」の正体だった。イギリスのデザイナーが企画・設計をして、中国の工場で製造する。これが、いまや世界標準のビジネスモデルになっていた。自社工場を持たず(ファブレス)、デザインだけを担う。製造はすべて中国に外注する。
「高い」ものには、素材や製造のコストだけが乗っているわけじゃない。デザイン費、広告費、ブランド維持費——そういうものも全部、価格に入っている。それが「定価」と呼ばれているだけだ。
ぼくはメーカーだから、この構造が透けて見えた。
心が「ガキッ」と折れた瞬間
展示会の2日目、中国のウレタン寝具メーカーのブースに入った。
枕、マットレス、ラテックス枕——ひと通り並んでいる。見た目は悪くない。むしろきれいだ。触った感触も、そこまで悪くない。
通訳のまさんに頼んで、仕入れ価格を聞いてもらった。
「枕、1個いくらですか?」
「$9」
9ドル。1,300円ちょっと。ぼくが枕を1個作るコストより、安い。
さらにマットレスの話になった。シングルサイズの完成品、$200前後で卸せると言う。うちの製造原価より、安い。完成品が、材料費より安く届く。
「何してるんだろう、俺」
そう思った。声には出さなかったけど、心の中でそう言った。
ウレタン密度の話を聞いてみると、「25D〜30D」という答えが返ってきた。ミネルヴァフォーム®️の密度は55D。倍近い差がある。ただ、向こうはそれを「問題」だと思っていない。コスパが良くて、見た目が良くて、ある程度の寝心地があれば、それでいい。そういうものを作っている。
品質の話も聞いた。「不良率はどのくらいですか?」と聞いたら、「5%ぐらい」と答えが返ってきた。うちの不良率は、5,000件に1件以下だ。0.02%。スケールが、根本的に違う。
これは良い・悪いの話ではない。彼らは彼らの市場に向けた、合理的な製品を作っている。ただ、ぼくが作りたいものとは、ぜんぜん違う。
ドイツで出会った「逆張りの職人」
折れかけた心を、少しだけ立て直してくれた人がいた。
同じ展示会の別のホールに、日本の企業が何社か出ていた。その中に、岐阜の木工所の社長がいた。彼が展示していたのは、木製の洗面ボウルだった。
ただの木製ボウルじゃない。「液体ガラス」を木材の内部に浸透させる技術を使って、水に強い木の洗面ボウルを作っている。塗るんじゃなくて、染み込ませる。だから剥がれない。世界にほぼない技術だ。価格は1本100万円程度。彼は社長自ら、ケルンに来て、それを売っていた。
「昨日の仕事を今日やって明日やったら、もうなくなりますよ」
チャレンジし続けないとダメだ、人と違うことをやり続けないとダメだ——口調は穏やかだったけど、中身は本気だった。さっきまで「$9の枕を前にして何してるんだろう俺」と思っていたぼくに、その言葉は刺さった。
大量生産の波に飲み込まれそうになったとき、逆に「価値」に振り切る選択がある。誰でも作れるものを大量に安く売るのではなく、ここにしかないものを、わかる人に届ける。
ミネルヴァスリープが目指していることも、たぶんそれに近い。「快適な眠りを追加する」のではなく、「眠りを阻害している要因を取り除く」という設計思想。体圧、温度、寝返りの妨げ——この3つを消すために素材を選び、加工を決め、構造を設計している。誰でも作れるものではなく、ここにしかないものを作る。それがぼくたちの話だ、と思った。
それでも日本製でやる理由
ドイツからの帰り道、電車の中でずっと考えていた。中国製を仕入れて売るほうが、利益率は上がる。それは事実だ。展示会に行く前から、薄々わかっていた。でも、ぼくがやりたいのはそれじゃない。なぜか。3つの理由がある。
不良率0.02%が「ギフト」になる
うちのお客様の中に、「息子から親に枕をプレゼントしたい」という人がいる。けっこう多い。想像してほしい。息子が選んで、贈ってくれた枕。それを開けたら、縫製がほつれていた。ウレタンに変なシワが入っていた。そういうことが20個に1個の確率で起きるとしたら——そのブランドの枕を、ギフトとして選べるか?
選べない。不良率0.02%というのは、単なる品質指標じゃない。「ギフトとして選んでもらえる」という信頼の数字だ。
「修理して届ける」という文化
ドイツの展示会で気づいたことがある。中国のメーカーに「壊れた場合、修理対応はできますか?」と聞いたとき、そういう概念がなかった。返金か、交換か。それだけだった。物を直すという発想が、そもそもない。
ぼくは、修理をする。お客様から「カバーのファスナーが壊れた」という連絡をもらったとき、できる限り修繕して返送している。息子からもらった枕は、たとえボロボロになっても捨てられない人がいる。その人たちのために、修理ができる体制を持っていたい。大量生産ブランドには、これはできない。
全部、責任を取れる
ミネルヴァフォーム®️の密度と硬さは、ぼくが決めた。工場の床に座って、ウレタンのサンプルを一枚一枚触りながら、「これだ」と思うものを選んだ。密度55D、硬さ55N——この数字の一つひとつに、理由がある。
OEMで外注したら、この責任は取れない。中間業者を通さないD2C構造だから、流通コストはゼロだ。その分を製造品質に回している。高いのには理由があるし、安いのにも理由がある。ぼくたちの価格は「素材に払う価格」だ。「広告に払う価格」じゃない。
よくある質問
正直に言う。中国製の完成品より、ぼくたちの原価は高い。ただ、商社や問屋を通さないD2C(製造直販)の構造だから、中間マージンがゼロだ。大手の寝具メーカーが同じ素材で作ったら、流通コスト分だけで価格が跳ね上がる。ミネルヴァスリープの価格は、そのコストが乗っていない分、素材品質に対して適正になっている。
そうは言っていない。ドイツで見た中国製品の中には、触った感触も悪くないものがあった。ぼくが言いたいのは「文化の違い」だ。不良率の基準、品質管理の考え方、修理という概念の有無——これは優劣じゃなく、何を大切にするかの違いだと思っている。
三重県の自社工場だ。原料のウレタンの調達から、発泡・裁断・穿孔加工・縫製・検品まで、すべて国内一貫生産。製造の全工程でぼくたちが管理しているから、品質のトレーサビリティが完全に保たれている。
まとめ:ぼくはこれからも、ここで作り続ける
ドイツから帰ってきた夜、工場の電気をつけた。
いつもと同じウレタンの匂い。機械の音。床に積まれたウレタンのブロック。
「ここで作り続けよう」と思った。それだけだ。
本当に中国製品より高いんですけど、
オールジャパンでやらせてください。
ぼくには、ここで作り続ける理由があるから。
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